地すべり、斜面崩落、河岸崩壊、崖崩れ 日本綜合建設株式会社は土砂災害対策と、建設工事事前地質調査のパイオニアです。

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・ 上水道設計施工業者としての船出
・ 地滑り対策事業への参画
・ 本当に必要なもの
・ 山間地域の暮しを守りたい
・ 年表

上水道設計施工業者としての船出

戦後の復興とともに

戦後、国民生活や産業発展の基盤として上水道整備が急速に進められました。この時期に上水道敷設工事に携わり、自治体・諸官庁の信頼を得ていた美谷島邦雄は「地域の仕事は地元業者がやるべき」と、昭和32年、生誕地長野市にボーリング、井戸などの特殊土木工事を営業目的とした「日本綜合建設(株)」を設立しました。

昭和32年に水道法が施行されると、長野県では農村部の公衆衛生、生活環境改善のため簡易水道の導入が図られます。当時の県内では設計から敷設まで、上水道工事を一貫して請負える業者は弊社の他に無く、多くを受注しました。昭和36年に県企業局が発足して水道事業を統括すると受注量も増加しました。

地質調査のプロフェッショナルに

昭和40年代になると ほぼ全県地域への上水道敷設が完了し、以後は宅地開発等に伴う拡張工事が主流となります。弊社では事業の中心を下水道整備、温泉掘削、建築の基礎地盤調査などへと移しました。

昭和37年に県庁舎の建設に伴う地盤地質調査ボーリングで実績を得ていた弊社は、公共建築物や民間建造物、宅地造成、団地開発、農地開発、交通網整備に伴う地盤地質調査を多く受注するようになります。
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地滑り対策事業への参画

地滑り対策工事のパイオニアへ

昭和33年の地すべり防止法施行から4年後の昭和37年、地すべり対策工事が本格的に民間に発注されはじめます。弊社では地すべり対策事業への参画を睨み、昭和33年の
地すべり防止法施行直後から設備投資を進めていました。

もとより上下水道工事、温泉試錐、水源さく井などで技術力の高い職能集団として成長していた弊社は、培った技術や、蓄積された地質情報、柔軟な発想力で地すべり対策工事のパイオニアとなりました。

大災害からの教訓

昭和30年代の茶臼山地すべり、40年代の松代群発地震による地すべり、59年の長野県西部地震による王滝村の土石流や地すべり、大きな地すべり災害が起こるたび、それまでの対策を見直し、新たな工法や、早期警戒網の開発に力を注いできました。

中でも大きな被害とともに、数々の教訓を残したのが昭和60年7月に発生した地附山地すべりです。26名もの犠牲者を出した大災害でした。発生直後、弊社社長美谷島邦雄は、長野県地質ボーリング協会の会長として会員各社をとりまとめ、対策本部を設置。二次災害防止に向けた監視強化や調査、対策工事に尽力しました。
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本当に必要なもの

落日の憂き目

平成2年のバブル崩壊後も、長野県では平成10年2月の冬期オリンピックの開催に向けて施設や交通網整備に力を注ぎ、全ての業界が活気に満ちていました。しかしオリンピックが終わると途端に景気低迷の波が押し寄せます。

それに拍車をかけたのが平成12年、「公共事業不要論」「脱ダム宣言」を掲げて当選した田中県知事でした。公共事業の大幅削減と入札制度改革に名を借りたダンピング競争が激化。当時公共事業に頼っていた弊社も大きな痛手を受け、経営の危機にさらされました。

防災対策工事の必要性

設立から50年間に培った実績と蓄積した専門技術や地質情報、経験あるいは人脈を糧に、民間企業の下請けとして井戸掘削やボーリング工事を受注し、難局を乗り切る。回復の兆しが見え始めたのは平成17年。

平成18年には岡谷市をはじめ県内各地で土石流や地すべり災害が発生。防災対策工事の必要性が改めて叫ばれる中、「必要なものは必要」と公共事業に積極的な村井県知事の就任とともに、弊社にも再出発の光が見えてきました。
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山間地域の暮しを守りたい

国土、自然、人々の生活

現在、弊社には長野県のみならず、地すべりに悩む各地の山間自治体から助力要請の声が届きます。当社が開発した「RCセグメント集水井」は地すべり防災工法のスタンダードとして全国で広く施工されるようになりました。

弊社は災害に育てられた会社です。しかし災害は起こってから手を下したのでは被害を食止められません。それだけに高い防災意識とともに地質調査、地盤改良、観測・観察によって蓄積されたデータや高い技術力を持って、社会に貢献していきたいと考えています。
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年表

昭和32年 3月 長野市西鶴賀に日本綜合建設株式会社設立。資本金200万円。
社員12名と小型さく井機2台、中古トラック1台でのスタート。
12月 水道法施行。農村部の生活環境改善を目的に簡易水道を導入。
昭和33年 3月 地すべり等防止法施行。関係機関直営で施工されていた対策工事が民間に委託される。ボーリング機械を購入し参画体制を整える。
この頃より中南信地域での土地改良開田事業水源さく井工事が増加。
豪雨や台風による土石流災害が頻発。堰堤建設の地質調査を請負う。
昭和34年 4月 日本水道協会入会
7月 資本金300万円に増資
11月 長野市中御所に本社移転
昭和35年 民間企業の社屋・工場の新築拡張に伴う基礎調査・水源さく井
団地開発・別荘地開発に伴う水源さく井工事
電力会社の変電所新設に伴う地盤地質調査
交通網整備に伴う道路や橋梁の基礎調査が増加
昭和36年 4月 県企業局発足
6月 三六災害発生。天竜川流域に氾濫や土砂災害による甚大な被害が出る。国道19号線や橋梁復旧のため地質調査ボーリングに従事。
昭和37年 地すべり対策事業本格化。県内各地対策工事が一斉に民間に発注され、当社も多くを受注。茶臼山地すべりで深部地下水排除に深井戸施工。
県庁舎建替えに伴う敷地調査ボーリングを受注。これを実績として大型建造物建設に伴う地質調査、地盤調査業務が拡大。
昭和38年 交通網の発達に伴い、鉄道や道路を横断する推進工法へ参画。
昭和39年 4月 長野県建設技術公社発足
レジャー産業の隆盛に伴い温泉試錐、掘削工事増加
昭和40年 5月 小谷村地すべり災害発生、姫川に土砂流入。
7月 長野県道路公社発足
8月 松代群発地震発生
昭和41年 1月 松代群発地震激化
6月 南木曽災害
9月 牧内地すべり災害発生
農地改革に伴い、ため池グラウト工事に参画。改良を重ね発展拡大。
昭和42年 8月 松本市元町に松本出張所開所
急傾斜地対策工事増加
昭和43年 3月 鬼無里村宮ノ脇地すべり発生
公共建物建設に伴う地質調査、鉄道近代化に伴う地質調査増加
昭和44年 2月 資本金800万円に増資
3月 松本出張所、蟻が崎へ移転
6月 急傾斜地法制定
篠ノ井建設事務所廃止、茶臼山地すべり土尻川砂防事務所所管となる
昭和46年 4月 松本出張所、島内へ移転
7月 小土山地すべり発生
昭和47年 3月 資本金1,300万円に増資
7月 土地開発公社、建設技術センター発足。宅地造成や団地開発、小中高校や商業施設の新築、インフラ整備に伴う地質調査が増加。
昭和48年 3月 資本金2,000万円に増資
4月 鬼無里村荻ノ峰地すべり発生
10月 長野市栗田に新社屋完成
昭和50年 6月 長野県地質コンサルタント協会設立
地すべり対策技術協会長野県支部設立
この頃より上水道敷設事業を縮小、代って下水道管渠敷設工事増加
昭和51年 4月 資本金3,000万円に増資
10月 信州新町奈良尾地すべり発生
10月 中野市立ケ花で地すべり発生
昭和52年 下水道工事の推進工法をヒントに、地すべり対策としてRCセグメント工法を開発、以降地すべり対策のスタンダードとして広く施工されるようになる。
昭和53年 9月 資本金5,000万円に増資
昭和54年 4月 松本出張所を松本支店に改称
9月 地すべり対策技術協会、社団法人となる
10月 御嶽山噴火
昭和55年 3月 小川村味大豆地すべり災害発生
4月 資本金7,000万円に増資
地質調査ボーリング機構解析、詳細設計。電気探査導入。
昭和56年 1月 五六豪雪
3月 長野電鉄地下鉄営業開始
8月 宇原川土石流発生
昭和57年 9月 全県下に台風18号による被害、松代温泉団地床上浸水
富士見平地すべり発生 八千穂村大石川で土石流発生
昭和59年 9月 長野県西部地震(M6.8)発生、大滝村地すべり災害発生
昭和60年 4月 雪崩対策事業
7月 地附山地すべり災害発生
昭和61年 4月 地附山上部斜面二次崩落
昭和62年 11月 創立30周年記念式典
昭和63年 3月 RCセグメントの販売を目的とし、新会社「(株)ニッソー」を設立、資本金2,000万円
平成2年 6月 立ケ花橋橋脚沈下
平成7年 4月 飯山富倉地すべり発生
7月 梅雨前線豪雨で県北部大災害
平成8年 蒲原沢土石流発生
平成9年 4月 創立40周年
8月 創設者美谷島邦雄が会長職に退き、美谷島寿一新社長が就任
平成10年 2月 NAGANO冬期オリンピック開催
平成14年 4月 創立45周年
6月 創立45周年記念式典挙行、社誌「土竜(もぐら)のたわごと」発刊
平成15年 11月 田中知事による公共事業の削減と入札制度改革断行。
公共事業の激減と、ダンピング競争により当社も痛手を受ける。
平成16年 8月 美谷島邦雄会長逝去
平成18年 7月 7月豪雨災害
8月 佐久市駒込地すべり災害発生
平成19年 4月 創立50周、松本支店開所40周年、(株)ニッソー創立20周年、
平成20年 4月 会社組織改正を行う
6月 創立50周年記念事業、「地すべりとともに歩んだ50年」を発刊
平成21年 10月 長野市若里に新社屋完成、移転
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日本綜合建設株式会社
長野本社/〒380-0928 長野市若里2-15-57 TEL.026-226-0381 FAX.026-228-3420
松本支店/〒390-0851 松本市島内5037-1 TEL.0263-47-5809 FAX.0263-47-6798
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